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アイスを愛す

好きなあいすを好きなだけ~

2015年星占いとか、まだ行ってない初詣とか・・・

皆様、改めましてあけましておめでとうございます。

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さて、新しい年が始まったということで、新年の抱負を立てている人も多いのではないでしょうか。会社の後輩は、毎年100均で色紙を買って筆ペンで書初めを行っているらしいのですが、今年は「NO残業!」らしいです•••(⌒-⌒; )早速残ってましたけど•••

独立数学者の森田さんの年始の贈り物は今年の感覚に一番近かったなぁ。(ちょっと長いけど引用させて頂きます。)

正月になると子供の頃、初笑い、初転び、初くしゃみ、初電話......
 なんでもかんでも「初めて」と言って、それだけで盛り上がった。

 初夢、初詣だけでなく、外に出たら、初石、初鳥、初青空。
 見るものすべてが新しく、まるで生まれ変わったみたいに、子供ながらに清々しい気持ちになった。

 元正啓祚、万物咸新(がんしょうけいそ、ばんぶつかんしん)。
 正月が幸いを啓き、万物ことごとくその面目を一新する。

 それは、少年時代の正月の素直な実感だった。

 ところが中学生くらいになると、賢しらに「なんで正月ばかり」と疑うようになった。

 正月かそうでないかは人がつくった暦の都合だ。それを殊更めでたいのめでたくないのと言って何になるものかと、利口ぶってみた。

 今日の石も鳥も青空も、昨日のそれと同じじゃないか。「幸いを啓く」のも「万物を新たにする」のも、所詮は人の心の働きだ。そう思った当時の僕は、昨日の石と今日の石を同じと決めているのもまた、自分の心だとはまだ気づいていなかった。

 「いま」「ここ」にいる「わたし」が、「いつ」でも「どこ」でも「だれ」にでも通じる普遍を目指すという所に、数学という営みが背負った根源的な葛藤がある。その葛藤を避け、「いま」「ここ」「わたし」を放擲すれば、数学は無意味な記号の遊戯に堕する。逆に葛藤を正面から引き受けて、「いま」「ここ」「わたし」に徹して数学をやり抜けば、「いま」が永遠を、「ここ」が無限を、「わたし」が全体を彷彿させる喜びに出会う。そのとき数学の本体は、計算でも論理でもなく「情緒」にある--そう喝破したのが岡潔だった。

 「いま」「ここ」「わたし」を「緒(いとぐち)」として、「いま」「ここ」「わたし」を超えた世界を立ち上げていく。その架橋の原理を「情緒」ということにするならば、「情緒」の働きの中にこそ、人間がある。

 物(緒)に触れて動く「こころ(情)」の素直を、様々な障害から守り抜くにはどうすればいいか。数学の中心に情緒を見た岡は、その情緒を清め、深める方法を求めて、道元芭蕉に辿り着いた。

 道元は少年時代に「国王、大臣、貴族と交はること勿れ、都に棲むこと勿れ、深山幽谷に棲んで、一人また半人でもよいから真個の道人を育てよ」という戒をみずからに課し、それを守り抜いた。芭蕉もまた、早々と宗匠生活に見切りをつけて、金権力が物を言う世間通俗の世界を脱出し、隠者として風雅の道に没入することを選んだ。

 宮廷の伝統と縁を切ってこその「而今の山水」であり、安隠無事の現実生活を諦め切ってこその「薺花咲く垣根」だったのだろう。世間的分別を離れて初めて人は、「無障害の生きた自然の流れ」(*1)と一つになれる。少なくとも、道元芭蕉の場合はそうであった。

 「知る」ことを超えて「ならう」ためには、第一に知ろうとする自己を忘れなければならない。「自己をならふといふは、自己をわするるなり」(『正法眼蔵』「現成公案」)で、「松のことは松にならへ」(『三冊子』)だ。おのづからの邪気、計らいを離れた「不染汚(ふぜんな)」のありのままになって初めて「ならう」が動きだす。「ならう」というのは、全心身、全生活を挙げた行為なのである。

 生活のために坐るのでも、生活のために句を詠むのでもない。坐るために生活をつくり、俳諧のために生活を整える。大学の職を辞し、故郷の山中、全生活を数学に捧げた岡潔の生涯は、この二人の方法を正しく継承していたと言えるだろう。

 正月になると人は、忙しない日々の前後をいったん裁断し、いま、ここにあることのありがたさを周囲と分かち合う。大掃除も済み、晴れやかな心の「不染汚」に新しい風が吹き抜ける。そこに何気なく見過ごしていた周囲の「ありのまま」が、にわかに新たな面目で現成する。

 元正啓祚、万物咸新。

 それは確かにめでたく、尊いひと時である。

 だが、正月がそうして「幸いを啓く」のも「万物を新たにする」のも、もとは人の心の働きなのだとすれば、明日も明後日も、2月も3月も、みなめでたくするもしないも、その人の心持ち次第であるはずだ。

 おのづからの邪気、計らいを極力薄め、心を「正」して一日生きる。そうしたら、その日を自分の「正月」としてしまえばいい。めでたいその時々を、自分の元旦としてしまえばいい。その場、その時々の、万物咸新があっていいだろう。

 どうか今年も、めでたい、豊かな、その場、その時々をお過ごしください。

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さて、そして最近愛読中の石井ゆかりさんの星占い。

まずは1/5-1/11の星占い。(私、天秤座)

年明け早々ですが、かなり大事な「転換点」を今週、迎える人も多いかもしれません。 とはいえ、これは降って湧いたような転換ではなくあくまで、貴方がずっと目指しつづけてきてもしかすると、ちょっと内緒で進めてきたようなことかもしれません。 今週、それを「お披露目」したところで、意外な人が意外な反応を示した結果、面白い方向に話が転がっていく!みたいなことなんだろうと思います。 自分でもなぜそう決めたのかわからないけれどそう決めることしか思いつかなかったし、 結果的にそれで大正解だった というような選択肢を 私たちは人生の中で何度か、選び取るものではないかと思います。 今週貴方は自分の意志で何かを選び取るかもしれませんが、 それは、合理的な思考にもとづいた計算結果のようなものではなく、 「なぜかはわからないけれど、それしかない」 という、直観に基づく選択なのだろうと思います。 「直観」は、どこからともなく降りてくるようで、 実際は、気が遠くなるような長い時間の蓄積を土壌とした、 土の中からふと頭をもたげる双葉のようなものではないかと思います。 種も仕掛けもちゃんとあるけれど、それらはあたたかな土の下にひそかに実を鎮めているわけです。

もう驚かないよね。

2015年占いはこちらから。⇨ 2015年占い

 

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それで、年末年始の美輪様も神がかっていたなぁ。

どこの扉を叩いても開かない悪い時期っていうのは、外へ向かおうとしてもドアが開かないから、内に向かえっていう指令なんです。

内に向かうっていうのは棚卸しの時期、バーゲンセールの時期じゃない。だから品物を揃えなさい。美・知識・教養・技術、そういう自分の財産を増やしておきなさい、そういう時期だよ。

セールの時期がくると、アレって思うくらいいろんなところに突破口が開けていくんです。そういう時に貯めてたものをバーっと出すと人生がうまく回り出す。

たっぷり棚卸しします。

 

そして、年始と言えば初詣!

当然のことながらまだ行けていません•••おみくじも引けてません•••

ってことで、とりあえずメルカリくじ引きます!

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今日はハズレ〜••• 当たるといいなぁ。

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福袋で思ったものと違ったり、サイズ違いとかあったら出品したらいいよね!

(私はまだ福袋買えてないよ><)年末年始忙しすぎて、最近メルカリが私の中でAMAZON化してる•••欲しい商品を家まで配送してくれるから便利的な•••私だけ?

 

肩こり改善ヨガに行ったら、めちゃめちゃハードで全身筋肉痛のまちるだでしたー!

2015年もよろしくお願いします★

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